SPSO OSAKA - 大阪堀江のパーソナルスタイリング事務所
靴下ってなぜくつしたなの…?

靴下ってなぜくつしたなの…?

ファッションの疑問
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先日、ファッション談義で花が咲いている時に「ふと」疑問に出てきたこと

それは題名に書いてある通り、靴下ってなぜ“くつした”って云うの?

こんなことを考えたことある人は少ないかもしれないですが…笑

改めて考えていくとファッションってとても面白いですよね。

靴下って

IMG_9820 自分が初め “くつした” に対して考えたことは、

靴下とは足の下に履くアイテムであり、

足下ではないの?

それとも、靴の中に履いているアイテムだから…

靴中ではないのか

と…

「アホなことを言っている」と思われてしまうかも知れませんね。

「プロのスタイリストとして活動しているにも関わらず、そんなことも知らないのか?」とも言われてしまうかも知れません。

それでももし、この投稿を読んでくださっている方の中で、1人でもこの事実を知らない人の役に立つことが出来ていれば恥なんて気にしません

それより、これが会話の1つにでもなってくれることを願っています。


それでは本題に入りましょう。

靴下はなぜくつしたと云われているのか?

IMG_6941 上記にも疑問として書いた様に、靴下は靴の上に履くものではなく、「靴中」や「靴内」でもよいのでは?と間違えられても仕方がない。
しかし、「下着」が下半身だけに身に付けるものではなく、素肌に直接身に付けるものを意味するように、靴下は、靴の“下(内側)”に穿く「下着」の一種だということで、靴下であると云われている。

考えればとても簡単なことですね。

A.靴下とは、靴の為の下着の略であった


因に、靴下のルーツは、

靴下は爪先から脚部をおおう衣類で、編物で作られている。
その編物の技術はいつごろ、どこで発祥したものであろうか。技術の歴史はその記録も少なく、保存されている製品もまれで、その事跡をたずねるのは困難とされている。しかし、1本の糸と1本のかぎ針があれば編目が作れることからすれば、その起源は相当古いものであることは想像できる。考古学的には、紀元前に作られたと思われる編物の一部が発見されている。
エジプトのアンチーノの町から多くの織物や衣類と一緒に見つかった靴下や、墳墓から発見された靴下は、編目を増やしたり減らしたりした、完全な編物で作られた指付きの子供用の靴下で、4世紀から5世紀の物とみられる。これらの靴下は、レスター美術博物館、ロンドンのビクトリア・アルバート博物館に所蔵されている。 illust_socks_2 9世紀頃の編物は、1インチに36目も入っている精巧なもので、エジプトでは靴下のほか帽子も編まれていたらしい。これらの発見は、編物の技術がこの時代からすでにあったことを物語っている。 赤色毛靴下(4~5世紀) illust_socks_1
エリザベス1世女王が初めて着用した手編みの長靴下(1560)
(モンテーグ婦人より贈られた靴下で、ロンドン郊外ハットフィールドハウスに保存されている) 靴下の発展は防寒衣料としての必要性のほか、聖職につく人が足を不浄な大地に付けないために着用し、布教とともに広がっていったとも伝えられている。
手編みが広く普及していたことは、1395年頃の宗教画の中に、4本の木の針で聖なる子供の上着を編んでいる聖母マリヤが描かれいることからも明らかである。(画家はマスター・ベルトラム、ハンブルグのKunsthalle所蔵)
エリザベス女王(1533~1603年)が初めて手編みの絹靴下を履いたとき「もう二度と布製の靴下は履きたくない」ともらされたと、J・ストーの「イギリス年代記」に記されている。このことは編物の靴下のほかに、布帛の靴下も存在していたことを教えてくれる。 illust_socks_4
編機の発明はイギリスの牧師、ウイリアム・リー師 編機は手編みメリヤスが栄えていたエリザベス女王時代の1589年、イギリスの牧師、ウイリアム・リー(Willam Lee.1563~1610)によって発明された。
ウイリアム・リーは、妻が身を粉にして編み仕事を続ける姿を見るにつけ、妻の仕事をもっと楽にしてあげたいとの思いから機械化を決意する。そして9年の血のにじむような研究のすえ、1589年、独創的な手動の編立機械が完成した。 illust_socks_3
最初の編機はゲージの粗いもので太い糸しか編めず、1分間に200目を編むものであった。その後改良を重ね、細い絹糸も編めるようになり、1分間に1000目編めるようになったと伝えられる。
ウイリアム・リーは、エリザベス女王に特許を申請したが許可されず、パリに渡りさらに研究を続けたが、イギリス、フランスからはともに賛意を得られず、1610年失意の内に生涯を終えた。
編機と技術は、弟ジェームスと徒弟らに継がれ、イギリスで製造が始められ、順次ヨーロッパ各国に普及していった。 (靴下のはじまり [ 靴下・ソックス・ブランド ナイガイ ]参照)


少数派のこの“靴下”の謎がわからなかった人

謎は解けましたか?

これでまた1つファッションの謎が解き明かされました。

これからもそんなに沢山あるかとは思いませんが、謎が解ければ嬉しいので謎が見つかり次第投稿していきますね。笑

スッキリ

これで今日も1日清々しく頑張れそうです

これはただのつぶやきではございますが、おしゃれを意識するのに“靴下”ってなかなか気にされていないアイテムの1つであります。
ですが、実は靴下とは合わせ方1つで、ファッションに対して「気にしてる」「おしゃれ」と思ってもらうことが出来るアイテムの1つだと言うことを知っていてください。
靴下1つでも気を抜けないんですよ。

P E A C E

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